淡い黄色の、絹のような花だ。一日でしぼむ。実になるのはそのあとで、僕らが食べるのはさらにそのあと。花を見ているのは、たぶん僕と、蜂と、朝だけだ。
野菜の花を、人はあまり見ない。
オクラは莢として、きゅうりは果実として、にんじんは根として、食卓にやってくる。花はそのずっと手前にある。とりわけにんじんは、花を咲かせる前に土から抜かれてしまうから、その白い花を見た人は少ないと思う。
僕は27年前、無農薬・有機の農をはじめた。四年前からは、自然農に絞っている。耕さず、肥料も農薬も使わず、種は自分で採る。同じ畑で、同じ血をつなぎながら。
自然農をしていると、収穫が終わりではなくなる。
いくつかの株は、抜かずに残す。花を咲かせ、実を熟れさせ、種になるまで待つための株だ。食べるためではなく、来年のために立っている。
にんじんの花は、そのために咲く。
咲きはじめは平らに開いた白いレースだが、時間がたつと、外側の花が内へ内へと巻き込んでいく。まるで鳥の巣のように。あの巻き込みは、花が種を結んでいく姿だ。ひらいて、閉じて、種を抱く。
その巻き込んでいくにんじんの花を見ていると、収穫という言葉の重心が、少しずれる。
奪うのではなく、手渡すこと。今年の畑から、来年の畑へ。
27年前にこの土に蒔いた種と、今この手のなかにある種は、途切れずにつながっている。花は、その2つの年をつなぐ橋だ。
僕が写真に撮りたいのは、たぶんここだ。
食卓に届く前の、野菜が自分自身のために生きている時間。
人のためではなく、次の一年のために咲く、静かな姿。
花はいつか種になり、種はまた土に還る。
そして来年、また花になる。




