前回の最初の投稿を読んでくださり、本当にありがとうございました。たくさんの応援、とても励みになりました。
今日お届けしたいのは、私のWebサイトの新しいプロジェクトとして公開したばかりの、スリランカ・キャンディにある『仏歯寺(ぶっしじ)』での記憶です。
22歳からの不思議な縁と、突然訪れた衝動
スリランカは、私が22歳のときに初めて海外旅行で訪れた、思い出深い国です。
その時もこの仏歯寺を訪れたのですが、当時の理由は「お釈迦様(ブッダ)と私の誕生日が同じ4月8日だから」という、ただそれだけの単純なものでした。
それから年月が経ち、先日のこと。私は4度目のスリランカ訪問として、コロンボの友人宅に10日間滞在していました。その滞在中、なぜだか理由はわからないけれど、無性に「どうしてもまた、あの仏歯寺に行かなければならない」という強い衝動に駆られたのです。
片道4時間、滞在2時間の強行軍
チャンスが訪れたのは、帰国日の前日でした。
ぽっかりとスケジュールの空きが出たその日、私は朝から一人でバスに飛び乗りました。コロンボからキャンディまでは、往復で実に8時間。
現地での滞在許された時間は、わずか2時間。
到着して急いで仏歯寺へと向かい、本堂の献花台の前へと走りました。
ちょうどランチタイムの時間帯。観光客ではなく、地元の人たちが熱心に祈りを捧げていました。私は急いでカメラを取り出し、ファインダーを覗いてシャッターを切り始めました。
時間にして、わずか1時間ほど。
数枚の写真をカメラに収めると、急いでランチをかき込み、またコロンボ行きのバスへと飛び乗ったのです。
帰国後に気づいた「祈りの濃度」と、ブッダの呼び声
本当の衝撃は、日本に帰国してから訪れました。
自宅で、あの強行軍のなかで撮った数枚の写真を何度も何度も見返すうちに、あることに気がついたのです。
「この写真に写っている『祈りの濃度』は、一体何なんだろう」
写真の向こうから、肌を刺すような、それでいて包み込まれるような圧倒的なエネルギーが立ち上がってくるのを感じました。
私は京都に住んでおり、日常的に美しい神社や由緒あるお寺に足を運びます。京都の寺社仏閣には洗練された美しさや静寂があります。しかし、あのわずか1時間の間に写り込んでいた、生々しいほどの「祈りの濃度」と同じものは、どこを探しても見つかりませんでした。
お気に入りの1枚をじっと見つめているとき、ふと、腑に落ちたのです。
「ああ、私はこの写真を撮るために、あの日にブッダから呼ばれたのかもしれない」と。
私がレンズを通して写し止めたかったのは、世界遺産のきらびやかな建物ではなく、そこに集う人々が放つ、目に見えない『祈りの周波数』そのものでした。
愛する人の幸せを願い、大いなるものへ身を委ねる姿。その瞬間に立ち上がる純粋なエネルギーを、私はどうしてももう一度、今度は確信を持って写しに行きたいと思っています。
この、私を写真家として突き動かすきっかけとなったスリランカでの作品群を、新しいWebサイトの『Projects』ページにまとめました。
yoshihironishiguchi.squarespace.com
Substackに載せきれなかった、あの圧倒的な「祈りの濃度」が伝わるカットをいくつか並べています。ぜひ、写真たちの向こう側にある響きをじっくりと感じていただけたら嬉しいです。
あなたの今日という1日が、穏やかな調和に満ちたものでありますように。
西口吉宏


