27年前、僕はぎっくり腰で三日間、寝込んでいた。
当時はマネージャーの職にあって、毎日が仕事に追われていた。予定表はいつもびっしり埋まっていた。どれだけ早く結果を出せるか、どれだけ無駄を省けるか。“効率”と“成果”を何より大切にして、日々を駆け抜けていた。体重は人生で最も重い74キロ。体は、とっくに悲鳴を上げていたのだと思う。
そのころ、家にはもうひとつ心配事があった。三人目に生まれてきた長男が、アトピーと小児ぜんそくを抱えていたのだ。病院に何度通っても、薬だけではなかなか良くならなかった。
整体の先生の、ひと言
三日目、なんとか体を起こして、評判の整体の先生のところへ行った。施術を受けながら、僕は息子のことを相談した。
先生は、こう言った。
「その子は、食べるものにもっと気をつけなさいと、教えるために生まれてきてくれたんですよ」
腰はすっかり良くなって、僕は帰り道を歩いた。でも、その言葉だけは、ずっと体のなかに残っていた。
その日から、僕は食について猛勉強をはじめた。最初に手に取ったのは『フィット・フォー・ライフ』という一冊。読めば読むほど分からないことが増えて、また次の本を開く。調味料を見直し、加工食品を減らした。
このあたりの話は、以前「食べたもので、体はできている ── 27年かけて、僕が畑に行き着いた理由」に詳しく書いた。
そうして学んでいくうちに、僕はひとつの壁に突き当たった。
“本当に安心して食べられる野菜は、どこにあるのか。”
店に並ぶ野菜が、どう育てられたのか。いくら調べても、確かなことは分からなかった。それなら、答えはひとつしかなかった。
“自分で育てるしかない。”
父のまねから、はじまった
と言っても、僕は農業のことなど何も知らなかった。兼業農家の長男に生まれ、子どものころから畑はすぐそばにあった。それなのに、自分で野菜を育てたことは、ほとんどなかったのだ。
だから最初は、父のまねからだった。自宅の畑の片隅で、農薬を使わずに、見よう見まねで種を蒔いた。“自然農”という言葉さえ、まだ知らなかった。ただ「子どものために」――それだけの一歩だった。
「僕には、向いていないのかもしれない」
正直に書いておく。はじめの数年は、うまくいかないことばかりだった。
種を蒔いても、芽が出ない。出ても、思うように育たない。周りの畑で立派な野菜が採れているのを見ては、自分の畑と比べて肩を落とした。
「やっぱり、自分には向いていないんじゃないか」
何度、そう思ったか分からない。
でも、あるときふと、土の下のことを考えた。地上では何も起きていないように見えても、その下では根が張り、静かに力を蓄えている。土もまた、一年や二年で育つものではない。“目に見えないところで、ちゃんと育っている時間がある”――そう気づいてから、焦りが少しずつほどけていった。
種は、急かしても芽を出さない。自分のタイミングでしか動かない。それを待てるようになったころから、畑は少しずつ、応えてくれるようになった。
野菜を、薬草のように育てる
無農薬の畑を、二十年あまり続けたころのことだ。いまから5年ほど前、僕は薬草教室生愛会の中村臣市郎先生に出会った。
先生のもとで薬草のことを学ぶうちに、ひとつの言葉が胸に残った。
“野菜も、薬草のように育てれば、野菜そのものに薬効が宿る。”
大事なのは、野菜の“生命力”なのだと。農薬を使わないだけでは、まだ足りなかった。人が手をかけすぎず、肥料で太らせず、野菜が自分の力で育つこと。そうして育った野菜には、いのちの力そのものが宿る。
これが、僕が耕すことも、肥料を与えることもやめた理由だ。27年前に「子どものために」始めた無農薬の畑は、ここで“自然農”の畑になった。
気づけば、あの味に向かって歩いていた
畑に通ううちに、思い出したことがある。
子どものころ、祖母に連れられて畑へ行き、もぎたての桃とトマトを、その場で食べさせてもらったことだ。三歳くらいの夏には、母が切ってくれた畑のスイカを、白いところまでかじっていたらしい。
息子のために始めた畑だった。けれど振り返ってみると、僕はずっと、あの日の味に向かって歩いていたのかもしれない。
そして60歳を機に、自然農園KAIKAを始めた。荒れていた耕作放棄地を借り、草を刈り、土を育てなおしている。最初は小さな畑の片隅から始まった一歩が、いまは僕の生き方そのものになった。
だから、あなたには「プランター」をすすめたい
27年やってきて、いま僕がいちばん伝えたいのは、意外かもしれないけれど、ベランダのプランターのことだ。
理由は、僕自身の始まりにある。
僕も、最初は何も知らなかった。芽が出ずに落ち込み、「向いていない」と思った。いま、プランターで野菜を育てはじめた人たちから、まったく同じ言葉を聞く。この2年、ミニトマトのプランターキットを通して、はじめて野菜を育てる人たちと一緒に歩いてきた。だから分かる。つまずく場所は、27年前の僕とほとんど同じなのだ。
だとしたら、僕が遠回りして覚えたことを、最初から手渡せばいい。そうすれば、あの「向いていない」の日々を、何年も過ごさなくてすむ。
畑がなくてもいい。広い土地もいらない。ベランダのプランターひとつで、土が育ち、いのちが巡っていくのを、自分の目で見ることができる。そして、自分で育てた野菜を口にしたとき、きっと分かる。僕が祖母の畑で知った、あの味のことが。
タネをつなぐことは、いのちをつなぐこと
耕さない畑に立ち続けて、気づいたことがある。
“タネをつなぐことは、いのちをつなぐことだ。”
息子のために蒔いた最初の一粒が、27年後のいま、こうしてあなたに届く文章になっている。次は、あなたのベランダの小さな土に、一粒を蒔いてほしい。
いま、連載「ベランダではじめる自然農」を書いています。土の作り方から、何をいつ蒔くかまで、僕が27年かけて覚えたことを、一つずつ手渡していくつもりです。
最初の一粒を、一緒に蒔きましょう。


